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初めての陸路国境越え。
2008-01-09 Wed 23:51
旅立ちから6日目の見聞録。
現在放浪2ヶ国目。
「カンボジア」の「シェムリアップ」に滞在しています。




朝6時に目覚ましが鳴る。
さっき寝たばっかやっちゅうねん。。。
そーいやこっちきてから朝起きたことがあんまりないな(汗
歯磨きしながらちょっと表にでてみる。
タイの朝はもう動き始めててこの国の人達は本当に働き者なんだなと感心させられる。
(日本人とは働く姿勢が違ってるところもあってイラっとするところもあるが)
部屋を片付けてバスの集合場所へ向かう。
若干荷物は減ったんで初日よりは楽だが依然重過ぎることに変わりなし。
こりゃまた捨てることになるなぁ・・・
なんて思いながらも朝から汗ダクダクで集合場所に到着。
どれくらい重いかというと15分歩くと肩の血のめぐりが悪くなってあざみたいになっちゃう。
ははは・・・駄目だなこりゃ。

さて、今日からカンボジアに向かう。
思い起こせば高校生くらいの時からアンコールワットに憧れていつか必ずいく!って心に誓ってた。
やっとあの時の俺と約束が果たせることになりそうだ。
その神秘の遺跡を写真で見るたびに行ける気がしなくなってたここ数年。
まさかこんな形で、こんな勢いだけで行くことになるとは思いもよらなかったわ(笑

バスは8:30に出発。
国境までタイ側はVIPバス。
エアコンが効いてる(効きすぎてる)素敵なバス。

VIPバス!なぜにリトルマーメイド(風?


4時間半程走ったところで下ろされた。
ちょっとしたレストラン。どうやらここは国境から近いらしい。

国境近くのレストラン。田舎はのどかやねぇ。。。

ここでパスポートを一旦預けてカンボジアのビザを発行する。
その間飯食って待ってろってシステムみたい。
とりあえず「好きなの三種選んで盛り」をがっつり食べる。
おかずがめっちゃ辛かった(泣

お、ぉぉお辛い・・・・。


小一時間半程待って(待ちくたびれた)再度バスに乗り込みカンボジア国境付近まで。
そして重たい荷物を背負い・・・人生史上初の陸路国境越えへ!!
入国カードを書かなきゃいけなくて軽く焦ったがそのほかは驚く程すんなり入国できた。
ただどこでもそうなのかもしれないけど入国審査の人は無愛想で怖い・・・。

陸路国境横断するぜ!!向こう側はカンボジアだ!


カンボジアについてバスを乗り換える。
エアコンがついてる!VIPだ(感動)。

エアコン効きすぎバス。運転超粗い!!


さぁ~アジア最凶と呼ばれる道中が始まるぜぇ~。

カンボジアの車窓から①.

カンボジアの車窓から②

カンボジアの車窓から③

カンボジアの車窓から④


驚いたのがカンボジアに入国した瞬間まさに「国が変わった」っていう光景を目にしたこと。
タイとカンボジアの経済の落差がはっきりとわかった。
はっきり言って舗装されている道は皆無!
噂に聞いていた通りものすごい揺れる・弾む・跳ねる!
動画をアップできないのが本当に残念!

トイレ休憩で。初カンボジア人と記念撮影!人は明るい、


2時間くらいずっとそんな状況が続いてトイレ休憩。
トイレは一回500R=5バーツ。トイレにお金がかかる。
トイレの隣で土産売ってたカンボジア人と記念撮影。
人はとっても明るい。ただ、道路はとっても暗い(電飾が少ない)。

真っ暗の中悪路をひたすら進む。バンバン跳ねるバスにも若干慣れてきてむしろ寝た。
が、車内のエアコンが効きすぎでマジで寒い!ガタガタ震えるくらい寒いだ、これが。
あぁ~寒い!って思った矢先突然揺れがなくなる。
なんとアスファルト舗装された道を走ってるではないか!
どうやらシェムリアップ付近にきたようだ。
今日ほど道路の舗装の重要性に気付いた日はなかった。
日本の政治家は道路に執着しすぎだと思うけど(大人の事情でしょうがないのでしょうが)。

しかし電飾少ないなぁ・・・全体的に街が暗い。
治安はそんなに悪くないらしいがちょっと怖いよ。
ホテルについてから(今日から三日間はちょっとリッチに中級ホテル暮らし)バスで一緒だった
メンバーと飯を食いに行くことに。
しかし飯を食いに行くにしてもやってる飯屋なんか屋台っぽいのが1・2件。
果物屋台はやたら多かったが。
とりあえず席に着くがみんなクメール語はわかんない。
プラス英語が通じない店員さんに食事を頼むのがめちゃ大変だった。
結局居合わせたほぼ全員がフライドライス(チャーハン)食べてた(笑

カンボジアのビール。このほかにも「ABCビール」ってのがあってカンボジアの黒ビール。
カンボジアのビール「アンコールビール」味はさわやか飲みやすい。
頼み方も値段もよくわからずなすがままで頼んだフライドライス。
豚肉のせチャーハン。うまいが普通。一緒についてたスープは正直クセが強い。

果物屋でロンガン(っていう果物。ライチィに似てる)買って食べる。
まだ旬じゃないのかな?あんまり甘くない。
ヤギちゃんは若さに任せてホビロンにチャレンジ!
ホビロンとはベトナムでも大人気のおやつで要はゆで卵。
しかしそのゆで卵・・・孵化しかけのゆで卵なんだわ・・・。
美味しんぼで見ただけで本物は見たことなかったからドキドキしながら殻を割ると・・・
あれ?黒いゆで卵。なんだかこれじゃピータンみたい。なんだよがっかり。

本場(?)ベトナムはでは女性も普通におやつで食べるといわれる孵化しかけのゆで卵。
がっつり孵化しかけのやつを期待してたけど。。。
果物屋さんが異様に多い。

もっとエグい子でてくれると思ったのに・・・。しかも味も「食えないことはないね」レベルの
微妙ライン。
う~ん・・・食い物はタイが良すぎたのか・・・期待しないほうがいいかや。

明日は朝からアンコールワットを見に行くので早く寝ることに。
しかし久しぶりにホットシャワー浴びれると思ったのに・・・
すげぇ出が悪いしすげぇ熱かったりぬるかったり・・・はぁ。



カンボジア初日の夜は更けていく・・・
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アンコール遺跡に魅せられて。
2008-01-10 Thu 23:19
旅立ちから7日目の見聞録。
現在放浪2ヶ国目。
「カンボジア」の「シェムリアップ」に滞在しています。




朝起きる。
頼んでおいたガイドとの集合時間ギリギリ。
急いでホテルのレストランで朝食をとる。
フレンチトースト(フランスパン)。


朝飯。
旅にでて初めての西洋モーニング。

そーいえば昨日書き忘れたけどタイとカンボジアの国境付近のレストランで
飲んだスプライト、炭酸まったくなかったしビン良く見たら賞味期限3年前にきれてた(怒

・・・一日経って思ったけど意外と平気だね。
そーいえばお腹の調子は依然好調。
インドにでも行かない限りよっぽど大丈夫か。

さぁ、車(トヨタのハイエース)に乗って憧れのアンコール遺跡へ。
アンコール遺跡の入場料は一日20ドル。
三日で40ドルだったかな?正直高いです。外国人にのみ適用される価格でカンボジアの人々は
無料だそうです。
まぁしょうがない俺らはよそ者だかんね。
入り口で顔写真を撮られそれが入場券にプリントされる。
そこからさらに車にのって遺跡方面へ。
午前中はアンコールトムへ行く。

ナカハシさんご夫妻からいただいた写真です。
一緒にアンコールを周ってたナカハシさん夫妻からいただいた一眼レフの写真

根っこが。。。
根を張っているのはがじゅまるの木らしい。木は遺跡の石と石の隙間を広げてしまう。

ふふふ・・・
でっかい顔。アンコール遺跡の彫刻はすばらしい。

暗い。。。
こんな光景が無数にある。

テンションがあがりすぎて正直「すげぇ」しか発声していない俺。
感想もへったくれもない。とにかくそのでかさと雄大さに感動した。

眺め。。。
素敵な写真じゃないかな?

散々興奮して歩き回ってたらフラフラしてきた。
どうやら炎天下の中歩き回ってかるく脱水症状(もしくは日射病?)っぽくなっていたのだろう。
こっちはとにかく暑い。毎日真夏日。にもかかわらず明け方は結構涼しい。
ちょっと疲れてるんだろうか?いい時間なので昼飯をとることに。

ココナッツ風味の激アマカレー。
ココナッツチキンカレー。器はおしゃれだがめちゃ甘いカレー。風味はちょっと苦手だった。

かるくダウン気味だったのでホテルで小一時間休憩させてもらうことに。
昼寝して体力回復・・・をねらうも余計疲れた(汗
それでも午後からは長年の憧れの地、アンコールワット。
気力を振り絞って立ち上がりかの地へ向かう。

長い長い(350mあるそう)橋を渡って城壁をくぐると・・・


アンコールワット!



すげぇ!自然と涙がウルウルと・・・

アンコールワット!!
とうとうたどり着いたぜ!!!!!!

貯水
その昔貯水池になっていたらしいが・・・でかい!

でけぇ!@
アンコールワットは3つの壁に囲まれてるが第2の壁の前で。とにかくでかい!


遺跡を見てその時代のことを想像(妄想)して楽しむのが大好き。
ぼろぼろの巨大貯水池(全部で4つある)はその昔すばらしく綺麗な神殿みたいな場所。
そこにいる当時の人たちのことを思うと・・・遺跡を見るのが楽しくなってくる。

アンコールワットは11世紀後半くらい(間違ってたらすみません)のクメール人の宇宙観を
表しているのではないかと聞いている。
とにかくそのでかさに圧倒される。世界最大の石の建造物らしい。
そして宗教と戦争が大きく影響されている。
ほんの150年前(フランス人に発見されるまで)まで人々に忘れさられていた遺跡。
きっと見つけたフランス人達はリアルラピュタの世界を体験したに違いない。
すごい、それはかなり素敵な出来事。。。がしかし残念ながら今となっては観光客が多っ!!!
誰にも発見されていないラピュタどころか遊園地のアトラクションか!?っていうほど人が多い。

この観光客の多さのせいか(けが人がでたせいか)中央の塔の超急勾配の階段を登って上まで上がる
ことが禁止になってた(去年の何月かで。割と最近)。・・・残念。
ガイドさんに「なんでこの階段こんな急なんですか?侵略しにくくするためですか?」って聞いたら、
「わっからないねぇ」って言われた・・・。25歳のお茶目なカンボジアンガイド。

なにやら噂で何年かしたらアンコールワットには入れなくなるかもしれないという話を聞いた。
毎日大勢訪れる観光客によって遺跡が少しずつ磨り減ってきているとのこと。
ほんとかどうかはわからないがもし本当なら今これてよかった。今でよかった。

どこの国に行っても子供はかわいい。
遊んでた子供達。子供は本当に大好き。でもこのあと「1ダラー」とお金をせびられる。

アンコールワットを一通り周ったころにちょうどサンセットの時間だと言われる。
そこでアンコールワットを出て近くの山を10分くらいかけて登り(もちろん徒歩)
夕日をみることに。
「日出ずる国日本」っていうくらい日本は朝日が美しいと言われています。
反対に中国や東南アジアは夕日が美しいと言われてますが、本当にきれいだった・・・
(写真じゃ到底伝えきれない!むしろ伝えることができる人がカメラマンという職業なのかも?と
思った。)
まだ日本での出来事を忘れることができていないが少なくともカンボジアの夕日が少し心を
撫でてくれた気がした。
夕日の美しさに「すげぇ」という言葉すらでなかった・・・。



俺は本当に小さいなぁ。



絵になる一枚。だと思う。
夕日を見る。すげぇいい写真じゃねぇ???

夕日!
夜に沈む太陽。写真では伝えきれません。見に来てください。

しばらく話しかけてきたチャイニーズの陽気なおっさんと英語(わかったふり)で会話して下山。

晩飯はガイドに進められたカンボジア舞踊を見ながら食べるバイキングへ。
一食10ドルとちょっと高いがここでしか見れないならいっかってことで行くことに。


晩飯バイキング。
料理は外人向けになっているのかどれも美味しかった。

カンボジア舞踊。
カンボジア舞踊はしなやかな手の指が特徴。神の動きを再現しているそう。

この子結構かわいいと思った。
庶民のダンスのほうが個人的には好き。これは恋のダンス。うらやましす・・・


ビール2缶飲んだだけで酔いが回ってきた。
最高な気分だぜ。
さぁ!・・・寝る。
ベッドについたら瞬殺で眠りについた。







追伸
今日は写真とムービー撮りすぎて一回1GBのメモリーカードがフルになってしまった。
それくらい写真があって全然UPできなかったので機会があったらまた出します。
写真選ぶの苦労した。。。
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神秘の迷宮ベンメリアと地雷を思ふ。
2008-01-11 Fri 23:31
旅立ちから8日目の見聞録。
現在放浪2ヶ国目。
「カンボジア」の「シェムリアップ」に滞在しています。




時間がなくて朝飯はパンと水。
今日は神秘の迷宮ヴェンメリアへ。
車に揺られること1時間弱。のどかな場所へ。
アンコールワットが一辺1.5kmもある超巨大遺跡に対して
こちらは比較的こじんまりとしている。
そのうえ侵略戦争と自然の力でほとんど遺跡は壊れて瓦礫の山状態(パルス発動状態)。
そのせいか観光客が全然いなくてリアルラピュタ気分を体験でき、遺跡自体より雰囲気に大満足した。

ベンメリア遺跡前で。
ベンメリア入り口にて。彫刻は大蛇。蛇は水の神として祭られている

ヒンドゥー教にはビシュヌ神・シヴァ神・ブラフマ神と呼ばれる三大神がいる。
ヴェンメリアはビシュヌ神を祭る神殿。
アンコールワット同様カンボジアの山の中からゾウに運ばせてきた岩を使って建造されている。
岩には穴が開いていてその穴に杭のようなものを打って引きずってきたらしい。

遺跡の修復の予定はあったのだけどいざやるってなったときカンボジアはポルポト政権時代。
修復どころじゃなくなってしまい、今だに修復の予定はたっていない。

ベンメリア1

ベンメリア2

ベンメリア3

ベンメリア4

ベンメリア5

ヴェンメリア内は地元の子供達の遊び場で、あいかわらず最後には
「1ダラー」って言われたけどそれでも地元の子供達とのふれあいは楽しい(お金はあげないけど)。
元気いっぱいに遊ぶ子供達とガイドにカンボジアの言葉(クメール語)を教えてもらう。

ベンメリア6
子供達はほんとにかわいい。

「ありがとう」 → 「オークン」

でもあんまり通じてる感がない(汗
俺の発音か?カタカナクメール語じゃだめか・・・?

数字の数え方。

1:オエ
2:ピー
3:バイ
4:ウォン
5:プラン
6:プランオエ    
7:プランピー
8:プランバイ
9:プランウォン
10:ナァーム
(6~9は「5+○」という考え方。

やはり外国にきている以上最低でも「挨拶」と「ありがとう」くらいは現地語を覚えたいところ。
英語もままならない俺には厳しいかもわからんが。

ベンメリア入り口付近にあった食堂(民家?)で昼食。
いろいろのっけてご飯つきで2.5ドル。
安いって思っちゃうけどカンボジアの物価考えればぼったくり料金。
まぁ観光地だからしょうがないか。

ベンメリア7
陽気なおばちゃん。ご飯を特盛にしてくれた(笑
ベンメリア8
割とおいしかった。しょうがと豚の炒めものはどこで食ってもうまいが。
ベンメリア8
たぶんこの家の子供。ぎ、ぎざカワユス・・・。

そのあとの候補を2つ持ってた。

・トレンサップ湖(東南アジア最大の湖)
・地雷博物館

悩んでトレンサップ湖にしようと思ったら一緒にベンメリア周ってたツチヤさんという人が
「明日トレンサップ湖をボートでプノンペンまで縦断しませんか?」と誘ってくれた。
このあとプノンペン(カンボジアの首都)→ベトナム(ホーチミン)を考えていたので2つ返事でOK。
ただ・・・シェムリアップ → プノンペン間はバスだと8ドルくらいだけど
ボートだと25ドル!うーーーん、、、高いけどしゃあないか。
到着時間は変わらないらしい。

ということで地雷博物館へいくことに。
「いくことに」なって軽く言っちゃったけどベンメリアからさらに車で1.5時間くらい車で走った。
しかもまたしてもノン舗装道路。ガッタンガッタン!う”~んケツが痛い・・・。
さらにのどかな場所に到着。
車代5ドル(ぼったくりちゃうんか?!)入場料1ドルを払って施設に入る。
いきなりデンジャーゾーン発見。地雷が顔を覗いている(当然爆発しないようになってます)。

地雷博物館1

地雷博物館2


こ、怖い・・・
畑を耕してたらいきなりこれがでてくる生活って・・・
しかし日本でも今だに不発弾が見つかることがあるんだからカンボジアはもっと深刻だろう。
施設に入ってビデオを最初に見た。英語のビデオだったけど地雷の恐怖はビシビシ伝わった。
一緒にいたメンバー全員誰一人一言も発しなかった。
その後展示されていた処理済みの地雷や爆弾・ミサイルを見学してもう一度TVの部屋に戻った。

地雷博物館3
撤去した地雷の山。
スタッフが日本のTVを録画したものを見せてくれた。
「世界バリバリバリュー」。司会は当然シンスケさん(顔みたらホッとした)。
出演者が熊田曜子やユンソナに加えてケントデリカットや兵頭ゆき・・・いつの????
この人達かぶってましたっけ???
まぁ無意味にバリバリバリューを見たわけではなくて(当然だけど)
カンボジアの地雷に関する問題だった。

地雷は人を殺す為の兵器じゃない。
地雷はわざと人間の足一本、腕一本だけを吹き飛ばすよう調整されているそう。
想像してみて。戦場で死んでしまった仲間は置いていけるかもしれないけど
大怪我を負った友達をおいていけますか?
しかももっと嫌な言い方をしていて・・・戦場では死んだ兵士より傷ついた兵士のほうが

「お金」がかかる・・・

この最低で卑劣な兵器。いったい一個いくらで作られているのでしょう?

一個・・・


600円程度。


・・・ため息しかでなかった。しかも600円を撤去するのにかかる費用は何倍もする。
まさに人類の負の遺産そのものだと思う。
この負の遺産を未だに製造している国がいくつかある。
理由はいろいろだろうが第二のカンボジアをまた作ろうとしているのだろうか?

TVはそのまま「アキ・ラー」の話に移る。
「アキ・ラー」はカンボジア人だがその名前から日本でも現地でも「アキラ」の愛称で呼ばれている。

アキラが生まれたのは73年ごろ(アキラは自分の正確な年齢を知らない。大体35~6くらい)。
時はポルポト政権下の時代(ポルポトはヒトラーより虐殺をしたのではないかといわれている
カンボジアの独裁者。当時のカンボジアの人口の3分の1を虐殺したのではないかと言われている)。
当時の人の命は軽かった。
アキラ自身5歳のころ両親をポルポト兵に殺される。
友達は空腹に耐えかね豚のエサを盗んで食べ、殺される。
飢えからバナナを盗もうとした村の男は、妻子の前で内蔵をえぐりだされた。
しかも処刑の間妻子は兵士から「笑え」「拍手しろ」と強制された。
これがほんの30年程前の出来事って信じられる?

アキラはこの後わずか10歳でカラシニコフ銃の扱い方を教えられ戦場へつれていかれる。
断れば殺される「ノーチョイス」の世界。しかも両親を殺したポルポト軍に・・・。
85年頃今度はベトナム軍が村に現れ徴兵される。
「地雷よけ」として将校の前を歩かされた。
密林での戦闘ではわずかな水しかなく尿で米をふやかして食べたことが何度もあったそう。
そのころは指令としてとりつかれたように地雷を毎日毎日埋め続けたという。
・・・言葉がでない。こんな世界想像すらしたくない。
こんな体験を俺らのおじいさんおばあさん達もしたというのだろうか?
どうして俺らが平然としていられるのだろう?
誰も言葉を発しない。日本で聞くより現地で聞く日本語はとても重く俺達の心にのしかかった。

アキラは戦争からようやく開放され、やっと幸せで穏やかな生活を送れるはずだった。
しかし目の前には自分が埋めたかもしれない地雷で苦しんでいる人達がいる。
その光景はアキラを深く苦しめとうとう私財を投げ打って地雷撤去活動を始める。
自宅を地雷博物館とし、手足を失った11人の子供をひきとり父親がわりになって生活している。
アキラの奥さんはアキラが地雷処理の依頼が入ると毎日お祈りしてアキラの帰りを待つ。
家族はたまらないだろう・・・。

アキラは依頼があれば地雷撤去に飛んでいくが活動はボランティアの為基本的にお金は取らない。
俺が見た依頼は対戦車地雷の上に対人地雷が置かれたトラップ式のものだった。
民家のおばちゃんが畑を耕してたら金属音がしたので連絡したという。
非常に撤去が難しいらしい。
爆発処理してしまえば楽なのに・・・なんとアキラは
「周囲の民間に被害が及ぶ」という理由で不発
処理することに(!)。つまり手作業撤去。
対戦車地雷のほうは爆発すれば周囲100mは被害を受ける。
ひとつの失敗=死 の世界。結局アキラは14時間一睡もせず2つの地雷を撤去した。
14時間文字通り命をかけて2個。

村人はいたく喜び、お礼にとアキラに渡した。
アキラは断ったが村人の気持ちを断りきれずもらった。


ニワトリ1匹と、


約60円(!!!)



ろ、ろくじゅうえん?
14時間一睡もせず常に命をかけて撤去して60円。
1回40万円でもやりたいとは思わない。
急に「水が1ドルで高い」とか言ってる自分が恥ずかしくなった。
俺は「貧しさ」も「豊かさ」も「お金の価値」もなにひとつわかっちゃいない。
こんな世界があるなんて・・・

地雷をこの世から無くすために自分になにができるのだろう?
根源は戦争だな。中毒性のあるこの愚かな行為を人間は辞めることができるのだろうか?

自分の両親を殺したのと同じ元ポルポト兵に対してアキラは言った。
「悔しくないのかって?ノー。怒ったらまた戦争になります。彼は生き方を選べなかった。
 昔の私も彼と同じです。」


俺は自分の小ささが恥ずかしくなった。


アキラは一番右上。
一番右がアキラ。彼は病気があってその治療にときどき日本にきている。会ってみたい。


夜も更け明日からのプノンペン行きに備えて荷物をまとめる。
旅に出て初めて仲良くなったキュウちゃんとは今日でお別れになる。
彼はこの後タイに帰ってインドに飛びインドとネパールを冒険するそう。
俺はまだ来月だから先だけどもしかしたらまた会うかもね。

さらばキュウ!また会う日まで!!


「出会い」と「別れ」を経験する。
俺は「別れる」ことにはやく慣れたい。
「別れ」は新たな「出会い」であるとはやく理解したい。

3日間同じ部屋で寝泊りしてたユウタとも今日でお別れ。
ユウタが他の旅人から聞いた言葉がすごく気に入ったんで紹介します。

「必要なときに必要な人間と不思議と出会う」

旅にでてわずかだけどもうすでに実感している。
きっと日本にいるときもそうだったんだろう。
俺はいろんな人に助けられて生きている。
間違いなく自分ひとりで生きてきたなんてことはない。

なにかこの旅の間で答えが見つかるのだろうか?
アンコールの街の夜が更ける。
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争うことの愚かさと恐ろしさに言葉もでない。
2008-01-12 Sat 23:41
旅立ちから9日目の見聞録。
現在放浪2ヶ国目。
「カンボジア」の「プノンペン」に滞在しています。




だぁ~~~!!
朝6時集合に対して5時50分に目が覚める!
目覚ましは・・・確かに鳴ったよ。止めた記憶あるもん(反省
大急ぎで集合場所へ。なんとか間に合った(時間的には遅刻です・・・)。

今日は船に乗ってトレンサップ湖を縦断してカンボジアの首都プノンペンへ向かう。
船チケットを買った会社の人がバンで迎えにきてくれる

・・・が、荷物も積んだら10人乗るのがやっとでしょ?!ってバンに最終的には
14人+荷物が乗ることに。せまい、しんどい・・・
やっとの思いで湖について船に乗る。お~結構しっかりした船じゃんか。

・・・が、中の部屋はすでに満員。なんと屋根に登れという。
おいおい六時間はかかるって話だぞ!さすが外国・・・。
結局基本屋根の上で六時間かけてプノンペンへ。

俺は途中日記を書きたくて船内の通路に座ってた。
ずうっと六時間屋根にいたヤギちゃんは日焼けで真っ赤だった。

トレンサップ湖は東南アジア最大の湖で雨季と乾季でその大きさが変わり
「伸縮する湖」とも言われている。
ちなみに乾季(今の状態)で琵琶湖の三倍。雨季には琵琶湖の10倍にもなるらしい。
途中何時間かまったく陸地が見えなくなりはっきり言って海といえるくらいの大きさだとわかった。

トレンサップ湖縦断!


ま、そんなこんなでなんとかプノンペン上陸!!

プノンペン上陸!!

上陸後客引きがいっぱい待っててその中から一人選んでホテルにつれていってもらうことに。
トゥクトゥクで最初に連れて行ってもらったホテルがなかなかいい部屋な上に
2人一室一泊一人3ドル(安い気がする)。
即決め!しかもこのゲストハウス、一階にお値打ちレストランがあっておススメ。
昨日の夕方からまったくなんにも食ってなかったからもう腹ぺこぺこ。

今日のゲストハウス。一泊3ドル。水シャワーだけど。

こんな素敵なレストランつき!

昼食。ハンバーガー。

明日にはホーチミン(ベトナム)へ行く予定なので急いで観光することに。
トゥクトゥクの兄ちゃんに2.5ドル払ってキリングフィールドとトゥールスレイ博物館へ。
はっきり言ってどちらも度肝を抜かれた。
カンボジアという国の暗い内戦の一面を目の当たりにして言葉もない。

キリングフィールド
・・・・・・。
キリングフィールド2
・・・・・・。
キリングフィールド。あちこちに地面の穴。その穴に。。。
地面にたくさん掘られた穴からは数え切れないほどの人骨がでてきた。
処刑される人がこの木につるされてその叫び声がまるでラウドスピーカーのようだったと書いてあった。
この木に処刑する人を吊るしその悲鳴がスピーカーのようだったと書いてあった。

キリングフィールドはポルポト政権時代「粛清」の名の下罪のないカンボジアの人々が
数え切れないほど殺された場所。
花が咲きチョウチョが舞う恐ろしくのどかな場所。
それがとても悲しく皮肉な場所だった。
そしてこの凄惨な出来事がつい30年ほど前に起きていたことに驚きを隠せなかった。
中央の塔の前で線香を焚き「どうか安らかに」と心の中で何度もつぶやいた。。。

子供達にペンをあげるやっさん。
現地で遊んでいた子供にペンをあげるヤッさん。

ちょっと複雑な気分のままトゥクトゥクに乗り込み今度はトゥールスレイ博物館へ。
ここは当時刑務所だった施設をそのまま博物館として公開している場所。
生々しい拷問部屋もそのまま残ってた。
しかもそこで亡くなっていた人の遺体の写真付きで・・・。
この刑務所には2万人が収容され生還できた人はわずか6人。。。
生存確率わずか0.03%。
運ばれればほぼ間違いなく拷問され悲惨な殺され方をした、そんな場所。
展示されていた膨大な被害者の写真の目が言葉にできない無念さを訴えかけてくるようで
直視できなかった。

拷問部屋。
ベットと拷問道具、そしてそこで亡くなっていた方の遺体の写真があるだけの部屋。
全員の目がうったえかけてるよう。
女性や子供の写真も数多く展示されていた。目を直視できない。
写真はかなりの数存在していた。
写真が展示された部屋がずぅっと続いている。言葉がでない。
この写真に一発でやられた。
「STILLED LIVES」。この写真は心に直接訴えかけてくる。
独房が続いている部屋。ここはちょっと一人で入ってほんとに涙がでた。
独房がずうっと続いている部屋。正直一人で周るのが怖かった。

部屋に帰ってきてからちょっとゆっくりしたくて更に観光を続ける予定の
メンバーと別行動をとることに。
部屋で写真の整理と日記の下書きを書いていた。
しばらくして帰ってきたメンバーと1階のレストランで一緒に晩飯を。
カンボジアの暗い面にたくさん触れてきたが明るい面もある。
カンボジアはビールが安い!写真のアンコールビールはビンで大体180円くらいで飲めちゃう。
缶ビールにいたっては70円くらいで飲めるからね。
そいやカンボジアにきてから毎日飲んでる気がする。
フライドヌードル食べながら話が盛り上がる。
酒の肴の話題は俺が部屋にいる間に起きた出来事。
疲れを癒す為にいったマッサージ屋の話を聞いてたときに
急に来る前に聞いてた噂を思い出した。
カンボジアやベトナムには泥棒小屋と呼ばれるものがあってマッサージを受けている間に
別の人間がこそっと入ってきて財布からお金をスッていくというもの。
このとき必ずあるお金の何割かしか盗まない。全部盗まれていないから盗られたほうも
すぐには気付かないというもの。
この話をなんとなくしてみたところ顔が青ざめるメンバーのうちの二人。
なんとマッサージに行った二人共やられていたらしい(笑 ←笑い事じゃないが(笑
しかも割りと大金をもっていて何割でも結構痛い額。
二人とも「勉強になったよ」って言ってたけどほんとに気をつけないといけないね。
かわいそすぎたから誰が被害にあったかは書きません(笑
ホント気をつけよ~、明日は我が身だ(汗

dinner

そーいえばプノンペンに来てからカンボジア人はこっちが日本人だとわかるやいなや
口を揃えて「あじのもと!」って言ってくる。。。
おちょくってんのか!(笑
なになに?そんなにはやってんのだろうか?しかも酷いのになると料理を持ってきて
「あじのもと!」って言いやがる。
いや、あんま発表しちゃ駄目なことでしょ!(笑
しかもそういう料理に限って日本で食べた味に近い・・・
つまり日本人の味覚は化学調味料で麻痺しちゃってるってことでしょうか。
しかも海を渡って悪影響を及ぼしてる。
ちょっぴり寂しかった。笑えたけど(笑

ちょっとお馬鹿にカンボジアの夜が更ける。
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